DOCUMENTARY of AKB48 to be continued 10年後、少女たちは今の自分に何を思うのだろう?
監督:寒竹ゆり
出演:AKB48
2010年/日/120分/☆☆☆
批評 意外にも、普通
大人気アイドルグループ AKB48 を、2009年末から2011年頭にかけて追ったドキュメンタリ映画。
欠点は三つあると思う。
まずは、説明不足。
事前に放送されていたNHKのドキュメンタリ番組とあわせて補完すると、AKB48は、内部でさらに三つのチームがあるのだという。結成後、そのチーム編成は若干名の加入 / 離脱があるものの、基本は同じメンバーだったが、2009年秋に、その大規模な再編成が発表され、2010年春にその再編成が実行されたのだという。
映画は、この再編成をひとつの軸にして進む。
のだが、その部分の説明が、ものすごく早く、かつ薄くしか行われないので、予備知識がないと、かなり理解に苦しむことになると思う。
もう一つは、「DOCUMENTARY of AKB48」という題名が虚偽であるということ。
この映画は、「AKB48」というアイドルグループを描いていない。「AKB48」というアイドルグループに所属するメンバーのドキュメンタリになっている。作品は、「AKB48ってなに?」という問いかけを行わない。問いかけは彼女たちに向けられるにすぎないし、彼女たちは「自分にとってのAKB48」を語るだけだ。
そこに第三者的な視点が存在する余地は無い。
その意味で、この映画はものすごく内々の、ミニマムな仕上がりになっていると思う。
無論、その狙いは理解できるが、それであるが故に、「興味の無い人をファンにさせる」のがアイドル映画だと考える私のような人間には「敷居が高い」映画になってしまっていると思う。
この大きな欠点さえ乗り越え、十代から二十代の“アイドル”と呼ばれる少女たちを追ったドキュメンタリ映画としてみれば、ごく普通だと思う。
単調になりやすいインタビューシーンで、凝ったカメラワークと編集を使って (冒頭も、レールカムと手持ちを組み合わせたカメラと編集で楽しませてくれる) 間を持たせようとしたり (こういうつなぎをしなければ間が持たないという判断が働いているのでは?という穿った見方もできるのだが)、ステージのゲネプロ (予断だが、ゲネプロという表現は一般的なのか?字幕でごく普通に出てきていたが) という、通常見ることのできない光景を見せたり、変に曲に頼らずに物語を紡いでいたりというのも好印象だ。
戦々恐々と見に行ったわりに、思いの他、普通の作りだったな。
・・・おっと、三番目の大きな欠点を忘れていた。題名が長すぎてめんどくさい。
二時間サスペンスドラマじゃないんだからさ。
ちょっと、あきれた。