ロボジー
監督:矢口史靖
出演:五十嵐信次郎/吉高由里子/濱田岳
2011年/日/111分/☆☆☆
批評 こういう内容の作品は、足元を固めないと・・・
家電メーカーが開発した二足歩行ロボット。
その中身は、実は人間が入っていた・・・
物語は、いくつかの大きな要素によって構成されている。
そのうちのひとつ、偏屈で、孤独を抱えた高齢者の成長はかなりしっかり描かれている。
孫たちとの和解、おなじ老人仲間との付き合い方の変化。
それらはすごく丁寧に描かれている。
しかし、そのメインストーリーを見せるための周辺は、かなりの作りこみの甘さが見える。
たとえば、ロボットを作りという、選ばれた当人たちでさえ「リストラへの口実」かとも思われる、社長からの命令に右往左往する会社員の描写。
彼らは、展示会寸前に自分たちで作ったロボットを全損させているが、全損は歩行したロボットが窓から落ちたというものだ。
彼らは、少なくとも等身大の二足歩行ロボットを、動的制御で歩かせることに成功するだけの技術力を持っている。
なのに、中盤で、CAD も知らないことが判明する。
ロボット、どうやって設計してたの?
製図台は無いから、手で製図していたわけもないよね?
モーターやセンサーの話もまるで理解できない。
全損したロボットは、どうやって、なにで動かしてたの?
おかしいだろ、それ。
たしかに、彼らが徐々にものづくりの面白さに目覚めてゆく様子は描かれているが、それを描くためにきっかけ部分が完全におかしい。
「ロボットの中に人が入っていることを騙す」というファンタジーを成立させるためには、もっと足元を作りこんでおく必要があったのではなかろうか。
すくなくとも、物語の中で大きな矛盾を発生させない程度には。